事故で匂いを感じなくなった(嗅覚脱失)男子が後遺障害12級相当に認定された事例
横浜地裁平成29年5月18日判決
事案の概要
本件事件は、12歳男子(被害者)が父親の運転する車両に乗車し、高速道路を走行していたところに、大型貨物車が追突した事故です。
この事故によって、被害者は、両側前頭葉脳挫傷、急性硬膜外血腫、外傷性嗅覚脱失等の傷害を負い、後遺障害等級併合11級に該当しました。
後遺障害について、具体的には、12級13号神経機能・精神障害、12級相当の嗅覚脱失と認定され、併合11級と認定されました。
主な争点
嗅覚脱失による後遺障害逸失利益の金額について
判示の概要
裁判所は、被害者は将来においても、嗅覚を感じる可能性は非常に低い見通しであることを認め、被害者の嗅覚脱失が後遺障害等12級相当に該当することを認定しています。
その上で、労働能力の喪失率や喪失期間について以下のように判断しています。
喪失率について
『現在のところ、原告(被害者)は、就労しておらず、「神経系統の障害に関する医学的意見」上も、運動機能「正常」、身の回りの動作能力「自立」、認知・情緒・行動障害「なし」と記載されていること等に鑑みれば、精神症状や運動麻痺等の存在が明らかとはいえず、神経症状が将来の就労に及ぼす影響は不明な部分が多いと言わざるを得ず、将来の就労に及ぼす影響が全くないとまではいえないが、原告の主張するように労働能力喪失率が20%に達するとは考え難い。また、嗅覚障害については、医師の診断どおり、脱失の程度にまで至っており、それを回復する見込みは薄いことが認められ、嗅覚障害については、一生残存することを併せ考慮すると、労働能力喪失率は14%になると認められる。』と判断しています。
喪失期間について
『嗅覚脱失の嗅覚障害は一生涯に及ぶものであること、職業選択の範囲が制限されるということは否定し難いことに加え、原告には頭部外傷後の神経系統の機能または精神の傷害について局部に頑固な神経症状が残すという後遺障害が残存していることを総合考慮すると、労働能力喪失率は14%となる』と判断しました。
補足説明
嗅覚脱失の後遺障害逸失利益
後遺障害に該当した場合には、一般に労働能力を喪失したと考えられ、その分の補償を受けることができます。
この補償のことを後遺障害逸失利益といいます。(後遺障害の逸失利益について詳しく確認されたい方はこちらをごらんください。)
本件では、この後遺障害逸失利益の算定にあたって、労働能力の喪失率や喪失期間をどの程度認定できるかが問題になりました。
この点、裁判所は、嗅覚脱失の障害は一生涯続くものと認定し、さらに、嗅覚障害によって職業選択の範囲が制限されることなどを理由として、喪失期間は67歳まで、喪失率は14%を認めました。
嗅覚が脱失したとしても、思考能力や運動能力に直接影響するわけではないことから、労働能力の喪失期間や喪失率を限定的に考える裁判例もあります。
しかし、本件では、嗅覚が脱失していることによって、被害者の男子(12歳)が、将来において、職業選択の範囲が限定されることを理由に挙げ、後遺障害等級認定表のとおりの労働能力喪失率を認定し、喪失期間についても、一般的な就労終期である67歳まで認めました。
嗅覚脱失の後遺障害に該当するか否かについては、T&Tオルファクトメーターという嗅覚検査キットを利用して検査を実施します。
嗅覚検査の結果は、オルトファクトグラムの数値で判断されますが、2.6以上5.5以下で嗅覚が減退しているとして後遺障害等級14級相当に認定されます。
オルトファクトグラムが5.6以上であれば、後遺障害等級12級相当と判断されることになります。
その他、鼻にまつわる後遺障害について、ご確認されたい方はこちらをどうぞ。
(https://koutsujiko.daylight-law.jp/kouisho_syurui/hana/)
本件での過失相殺
本件では、嗅覚脱失の後遺障害の問題とは別に、過失相殺も争点となっていました。
この点については、被害者の男子は、後部座席に座っていたところ、シートベルトをしていませんでした。
誤解されている方もいらっしゃいますが、後部座席であっても、シートベルトを着用する義務があります。
この点が、被害者側の過失と判断され、被害者側にも10%の過失相殺が認められています。
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