糖尿病の既往症を理由に、交通事故外傷の損害は減額される?

執筆者:弁護士 木曽賢也 (弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士)

損害賠償請求についての質問です。

糖尿病の既往症があります。

交通事故外傷の損害が、糖尿病を理由に減額されることはありますか?

糖尿病が交通事故の症状に与えた影響等によっては、減額される可能性があります。

糖尿病は慢性合併症を引き起こし、また免疫力が低下することで感染症にかかりやすく、症状の経過や治療に影響があるからです。

 

糖尿病とは

糖尿病とは、インスリンの作用不足によって慢性的な高血糖状態となり、全身の血管障害に基づいて、網膜症、腎症、神経障害を引き起こします。

また血糖コントロールが悪くなると免疫力が低下し、感染症にかかりやすくなります。

発生機序により、1型糖尿病と2型糖尿病に分類されます。

生活習慣病といわれているのは2型糖尿病です。

 

 

損害の減額に関する判例

既往症として糖尿病のある被害者が交通事故により受傷したとき、以下の例で減額を認めました。

判例 糖尿病やその他既往症の交通事故外傷への影響を認めた判例

被害者は糖尿病のある48歳女性です。

交通事故により頚椎捻挫、右手関節捻挫を受傷、後遺障害(裁判所認定14級10号)が残存しました。


裁判所は、「(被害者は)本件事故により右前腕部を軽く打撲したにすぎなかったが、(被害者の)尺骨神経が既往症である糖尿病により損傷しやすくなっていたため、上記打撲により尺骨神経の軽度の損傷が生じ、それが次第に進行して、受傷後2週間を経過したころに右手尺骨神経支配領域の知覚鈍麻として発現したという機序をたどったことは十分に考えられる」として素因減額を認めました(京都地判平成16年3月24日)。

判例 糖尿病やその他既往症の交通事故外傷の治療長期化への影響を認めた判例

被害者は高血圧症、肝機能障害、糖尿病性昏睡で頻繁に入院歴のある55歳の男性です。

交通事故により頚椎捻挫、腰背部捻挫等を受傷、後遺障害12級が残存しました。


裁判所は、「(被害者の既往症などの)症状はその長期化の要因として高血圧症、糖尿病等が大きく影響を及ぼしていると言わざるを得ない」として5割の減額を認めました(大阪地判平成12年3月7日)。

判例 糖尿病の後遺障害への影響を認めた判例

被害者は糖尿病のある63歳男性です。

交通事故により脊髄ショック、頭部外傷、頸部捻挫、腰部捻挫、胸椎挫傷、両下肢不全麻痺を受傷、脊髄梗塞による両下肢麻痺等の後遺障害1級が残存しました。


裁判所は、「(被害者は)本件事故前から、糖尿病の治療を受け」、「本件事故により脊髄梗塞が発症したといえるが、本件事故だけではなく、糖尿病なども原因となっていると認めることが相当である」として3割の減額を認めました(大阪地判平成11年3月26日)。

 

 

糖尿病の影響を否定し、減額を認めないケース

糖尿病の既往症があると交通事故受傷による損害が減額されるケースを紹介しましたが、既往症である糖尿病が交通事故外傷へ影響しなければ、損害の減額は当然否定されます。

判例 糖尿病による素因減額が否定された判例(その1)

被害者は、糖尿病のある67歳男性です。

交通事故により頚椎捻挫、左肩化膿性滑液包炎等を受傷、左肩の可動域制限、左肩関節の筋力低下、上腕頭骨3分の1の欠損の後遺障害(裁判所認定12級)が残存しました。


裁判所は、「化膿性滑液包炎は極めて軽微な外傷から生じるものであり、糖尿病に罹患していなかったから発症しなかったといえるような事情は本件において見当たらない」として素因減額を否定しました(名古屋地判平成22年3月5日)。

判例 糖尿病による素因減額が否定された判例(その2)

被害者は、66歳の男性です。

救急外来診療録等に既往歴として糖尿病の記載がありました。

交通事故により、大動脈解離等の胸腹部臓器機能障害(7級5号)の後遺障害が残存しました。


裁判所は、「糖尿病については、原告が本件事故前糖尿病の治療を行っていたことをうかがわせる証拠はなく、原告の主治医であるA医師は、糖尿病は大動脈解離の発生に影響していない旨回答している(甲25の1・2)。

したがって、原告に糖尿病の既往歴があったとしても、軽度、あるいは一般的なものであって、原告が本件事故により受けた傷害及び後遺障害に対する寄与は極めて軽微であると認められる。」として、素因減額を否定しました(神戸地判平成17年7月21日)。

判例 糖尿病の治療は事故受傷に対して必要だったとして素因減額を否定した事例

被害者は、36歳の女性です。
事故直後の入院検査で重度の糖尿病が判明しました。

交通事故により、右上腕骨近位端骨折の傷害を負い、右肩痛14級9号の後遺障害が残存しました。


裁判所は、「本件事故による傷害の治療としての手術を無事に実施するためには糖尿病の治療が不可欠であったと認められ、その治療も本件事故に伴う治療の一環であったというべきであるから、本件事故との間に相当因果関係が認められる。」としたうえで、「糖尿病によって原告の右肩の症状や後遺障害が遷延ないし悪化したと認めるに足りる証拠はないから、原告に糖尿病があったことは素因減額の事情となるものでもない。」として、素因減額を否定しました(東京地裁立川支判平成28年9月29日)。

判例 交通事故と糖尿病の合併症による死亡との因果関係を否定した判例

被害者は、糖尿病とその合併症の腎不全がある63歳の男性です。

交通事故により脳挫傷を受傷、2級3号の高次脳機能障害、失語症等を残し、その3か月後腎不全で死亡となりました。


裁判所は、交通事故が「糖尿病等の症状悪化に影響し、死期を早めた可能性は否定できないというべきであるが、死期を早めたとの事実を肯認するには至らないといわざるを得ない」として交通事故と糖尿病の合併症による死亡との因果関係を否定しました(名古屋地判平成14年12月25日)。

 

 

まとめ

以上のように、糖尿病が原因で素因減額がなされるかどうかは、ケースバイケースです。

加害者側から、糖尿病を理由に素因減額を主張された場合は、その主張が適切かどうかは必ず吟味すべきです。

素因減額を主張されてお困りの方は、ぜひ一度の弁護士にご相談ください。

 

 

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