事故が原因でPTSDと診断されましたが損害賠償請求できますか?

執筆者:弁護士 鈴木啓太 (弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士)

交通事故が原因でPTSDと診断されることはあります。

交通事故によるPTSDの症状の程度によっては後遺障害に認定される可能性もあります。

 

交通事故とPTSD

交通事故に遭うと仕事を休まなければならなくなったり、入通院が必要になるなど、平穏な日常生活が一変することがあります。

こうした変化についていくことができず、精神疾患を発症してしまう被害者もいます。

特に交通事故重傷者の方は、うつ病やPTSDを発症される方が一定数いらっしゃいます。

高速度で正面衝突し車が大破してしまうような交通事故では、被害者は死の危険性を現実的なものとして体験されるため、PTSDを発症される方もいらっしゃるのです。

ただし、精神科の医師がPTSDと判断したとしても、それがそのまま後遺障害として認定されるわけではありません。

PTSDは、外傷体験後、1カ月程度を経過して発症して、2~3年程度で症状がなくなるという調査結果もあることから、後遺障害の認定は慎重になされています。

自賠責保険の後遺障害認定においては、PTSDと診断できるかどうかというより、被害者の精神状態が非器質性精神障害(脳や体に異常がないのに精神や身体に異常が生じる障害)として、後遺障害等級の9級、12級、14級に該当するかどうかという観点で認定がおこなわれています。

 

交通事故によるPTSDの認定

交通事故の被害者がPTSDを発症した場合も、交通事故と発症との間に因果関係が認められれば当然に損害賠償の対象となります。

ただ、裁判例の傾向としては、PTSDの認定については、その診断基準を厳格に適用して判断する傾向にあります。具体的には、アメリカの精神医学学会で採用されているDSM-ⅣとWHOが採用しているICD-10という基準が参考にされています。

特に、交通事故によるPTSDが認められるためには、交通事故が比較的大きなもので、かなり衝撃的な出来事と評価できなければなりません。したがって、修理費がわずかな軽微事故などの場合には、因果関係を否定される可能性が高いです。

ですから、医師がPTSDと指摘しているといって、それがそのまま法的判断になるものではないことに注意が必要です。上述の基準に基づいた検査を受けるなどして、PTSDの症状の裏付けを取っておくことが重要です。

 

PTSDの後遺障害請求

もっとも、PTSDと認定されなくても、他の精神障害(身体表現性障害など)に該当するなどして損害賠償が認められる場合もあるので、症状について具体的に主張することが重要となります。

PTSDと認定された後も、後遺障害等級の認定にあたって争いになることが多いですが、裁判例においては、被害者の具体的な症状に応じて9級、12級、14級の認定がされることが多いです。

PTSDは回復可能性がある障害であることや身体的機能に障害がないという特徴から、9級を超える障害等級認定はハードルが高くなっており、認定されたとしても労働能力期間を限定して判断される傾向にあります。

また、PTSDは、同様の事故を体験したとしても、PTSDを発症しない人の方が圧倒的に多いという考えから、被害者自身の精神的な弱さもPTSD発症に影響したという理由で、損害額が1割から3割程度減額される傾向にあります。

これは、過失相殺と同じ原理ですが、素因減額と法的にはいいます。

不当に減額されないためにも、争いになった場合には、精神障害の具体的症状や治療内容、回復可能性について十分に検討し、適切な主張をすることが必要です。

 

 

PTSDとは

PTSDとは、心的外傷後ストレス障害の略語のことです。強く精神的に衝撃を受けたことが原因で発症するもので、日本語では「心的外傷後ストレス障害」と言われています。

PTSDの主な症状としては、以下の3つがあります。

具体的には、衝撃的な体験をしたことで心に大きな傷を負った結果、その体験がフラッシュバックしたり、睡眠障害や苛つき、集中困難などを発症して、日常生活に支障をきたす疾患のことをいいます。

このPTSDの特徴は、骨折などと異なり、レントゲンやMRIなどの検査ではっきりとした所見がでるわけではないという点です。

そのため、PTSDについては、非器質性の障害といわれています。

 

PTSDの診断

現在の診断方法としては、アメリカの精神医学会が発表している「精神疾患の診断・統計マニュアル第4版」(DSM-Ⅳ)と世界保健機関(WHO)が発表したICD-10の双方を参考にして総合的に判断することが相当とされています。

DSM-Ⅳの基準は、下表となっています(著者により一部分かりやすい表現に修正しています)。

 A  以下の2つの外傷的出来事を体験したことがある。

  1. 実際に死亡したり重傷を負ったりするようなこと、あるいは、自分や他人が危うくそのような目に遭いそうなこと、あるいは、自分や他人の身体が損なわれるような危機状を体験ないし目撃したか、そうした出来事や状況に直面した。
  2. その人が、強い恐怖心や無力感や戦慄を伴った。

 B  外傷的出来事が次のいずれか1つの形で繰り返し再体験され続けている。

  1. その出来事の記憶が、何度も苦しいイメージで想起される。
  2. 繰り返しその出来事の苦い夢を見る。
  3. その出来事が繰り返されているかのように行動したり、感じたりする(再体験の錯覚・幻覚や解離性フラッシュバックのエピソードも含む)。
  4. 外傷的出来事の一面を象徴したり似た内的あるいは外的な刺激をきっかけに強い心理的苦痛が起こる。
  5. その出来事の一面を象徴したり、似た内的あるいは外的な刺激に対して、生理的な反応が起きる。

 C  外傷に関係する刺激を持続的に避け、全般的な反応性の麻痺(外傷前には存在しなかったもの)で以下の3項目以上で見受けられる。

  1. 外傷に関係する思考、感情、会話を避けようとする。
  2. 外傷を思い起こさせる活動、場所、人物を避けようとする。
  3. 外傷の重要な場面が思い出せない。
  4. 大事な活動への関心や参加が著しく減退した。
  5. 他者から孤立し、又は他者と疎遠になった感じがする。
  6. 感情の幅が狭まっている(愛情を感じなくなるなど)
  7. 将来の短縮したような感覚(出世、結婚、子を持つこと、長生きに期待しないなど)

 D  外傷を受ける前はなかった持続的な過覚醒症状で、以下の2項目以上あてはまる。

  1. 入眠が難しい、又は睡眠状態の持続が難しい。
  2. 些細なことで不機嫌になる、又は怒りが爆発する。
  3. 集中することが困難。
  4. 過度に警戒心がある。
  5. 過剰に驚愕する反応を示す。

 E  上記のB~Dの症状が1カ月以上続く。

 F  障害のため、社会的、職業的に、その他の重要な場面で、強い苦痛や機能不全が臨床現場に現れている。

参考:精神疾患の診断・統計マニュアル第4版

 

 

PTSDに対する賠償

同じ程度の重大事故を体験した人の中でも、PTSDを発症する人と発症しない人がいます。

現在では、PTSDの発症は、もともとその人が持っていた精神的に弱い部分があるところに、重大事故を体験したことでストレスが加わり発症すると考えられています。

したがって、PTSDに関する損害賠償については素因減額(被害者が事故前から持っていた疾患や心因的な要因が原因で損害が拡大した場合には賠償額を一定程度減額すること)がなされる可能性があります。

また、後遺障害逸失利益に関しても、PTSDは時間の経過により症状は改善することが期待されるため、賠償の範囲が制限されることが考えられます。

 

適切な賠償額獲得のために

このようにPTSDの損害賠償にあたっては、様々な複雑な問題が絡んでおり、適切な主張をしなければ適切な賠償額を取り損ねる可能性があります。

PTSDの損害賠償でお困りの方は、弁護士に相談することをお勧めします。

 

 

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